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<Author: 杜甫>
<Title: 韋諷錄事宅觀曹將軍畫馬圖>
<Format: 七言古詩>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 韋諷錄事の宅　曹將軍の畫馬圖を觀る>
<BookPage: 296>
<UsedPage: 1>
<Feature: 0>
<End Header>
<Poem>
國初已來畫鞍馬，
神妙獨數江都王。
將軍得名三十載，
人間又見真乘黃。
曾貌先帝照夜白，
龍池十日飛霹靂。
內府殷紅馬腦盌，
倢伃傳詔才人索。
盌賜將軍拜舞歸，
輕紈細綺相追飛。
貴戚權門得筆跡，
始覺屏障生光輝。
昔日太宗拳毛騧，
近時郭家師子花。
今之新圖有二馬，
復令識者久歎嗟。
此皆騎戰一敵萬，
縞素漠漠開風沙。
其餘七匹亦殊絕，
迥若寒空動煙雪。
霜蹄蹴踏長楸間，
馬官廝養森成列。
可憐九馬爭神駿，
顧視清高氣深穩。
借問苦心愛者誰，
後有韋諷前支遁。
憶昔巡幸新豐宮，
翠華拂天來向東。
騰驤磊落三萬匹，
皆與此圖筋骨同。
自從獻寶朝河宗，
無復射蛟江水中。
君不見金粟堆前松柏裏，
龍媒去盡鳥呼風。
<End Poem>
<Translation>
唐朝の始まって以来、馬を描いてこの世のものとも思われない妙手と数え立てられているのは、ただひとり江都王李緒がいるだけ。その後曹将軍が名声を得てから、すでに三十年、この人によって人の世に江都王以来再びまた、まことの乗黄とも称すべき名馬が見られるようになった。曹将軍は以前に今はなき天子玄宗の乗馬照夜白を描いたが、その時、興慶宮中の竜池の意も感応して、はげしい雷鳴が十日間にわたってとどろいたほどだった。。そこで宮中の倉庫の深紅色の瑪瑙の大皿を与えよという天子の詔を婕妤が伝えて、才人がきがし求めて来た。その大皿は将単に下賜され、将軍は拝舞の作法をしていただき帰ると、上等な軽いねりぎぬや、目の細かい絹織物の顔が、その後を追って飛ぶように届けられた。皇族・貴族・権力者たちは、曹将軍の絵を手に入れて、はじめてその屏風や衝立に光輝が生じたように感じるのだった。

昔は太宗の拳毛騧、近ころでは郭子儀の名馬類獅子花などがあった。そして今、曹将軍の新たに描いた絵にこの両馬があって、、またしても鑑識眼を備えた人々を、長い間感嘆させるのである。この両馬は、いずれもそれに乗って戦えば一騎で一万騎に敵対できるが、白い絵絹の上に描かれては、広々として果てしなく風や砂の舞う辺境の趣が展開する。そのほかに描かれている七頭の馬も、
また特にすぐれたものばかりで、その走る姿は遠く冬の寒空に舞や雪が動く気配を感じしさせる。名馬の堅いひづめは、蹴ったり、ふみつけたりして、高いあずさの並木路を行き、馬役人や馬丁たちが、厳粛に数多く立ち並んでいるといった絵のようすだ。

ああ、九頭の馬は、この世のものとも思われぬ資質をそれぞれにきそいあい、
振り返る姿も清らかでけだかく、心は落着きがあって、おだやかに見える。試みに、このような名馬を熱心に愛している者は誰かと問えば、後世ではこの絵を蔵する韋強諷録事であり、先の世では晋の名僧支道林ということになろう。思い出すのは、過ぎし日に、先帝玄宗が新豊の離宮に行幸され、天子の御旗は、天をも払う勢いで高く掲げられ、東に向かって進んだ時のこと。その時に躍りあがるように走った馬の多いこと三万頭、みなこの絵の名馬と筋骨が同じであったものだ。しかし、宝物を黄河の神に献上せしめて玄宗が世を去ってからは、漢の武帝が水中のみずちを射た時のような行幸の盛時は失われてしまった。ごらんなさい、玄宗の葬られた金粟堆の墓前に植えられた松柏の林の中では、天馬にも似た玄宗の駿馬の姿はすべて消えうせて、現在あるものといえば吹く風に、鳥が悲しく鳴いているばかりであるのを。
<End Translation>